髙橋慶彦は日本の元プロ野球選手で野球指導者、解説者、評論家です。

*1957年3月13日に、北海道芦別市にあった旧三井鉱山の炭坑街で生まれ。
*父親は実業団のクロスカントリースキー選手で、
現役時代には全日本スキー選手権大会で入賞歴もある選手。
その父の芝浦工業大学スキー部監督就任に伴い、4歳で東京都清瀬市に移り住む。
*1974年、城西高のエース・4番として、3年時の夏の甲子園に東東京代表として出場。
*1974年のプロ野球ドラフト会議で広島から3位指名を受け、入団。

*入団後間もなく打者に転向。1978年からレギュラーに定着。
*1970年代後半から1980年代の赤ヘル黄金時代に、1番打者として活躍。
*1979年にはMVPに輝いた。
*1990年オフに遠山奬志とのトレードで阪神タイガースへ移籍。
1992年には現役を引退した。

*1995年から2012年の間に福岡ダイエーホークス、
千葉ロッテマリーンズで指導歴がある。
*1999年から2014年に九州朝日放送、CS系テレビ、スポーツニッポン、
テレビ新広島・中国放送解説者として活躍。

 

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*噂になった女性

昼は真っ赤なポルシェを乗り回し、遊び人としても有名で
叶和貴子」など芸能人との噂も多かったみたい。
1982年~83年頃の話のようです。当時2人はお付き合いをしていたようで、
高橋は広島で叶 和喜子は東京でした。
電話で彼女が「遇いに来てほしい」と言うと、そのポルシェで東京に行っていたとか。

 

高橋慶彦と噂になった女優は?結婚相手は誰?

また大の電話魔で、常に10円玉を大量に携帯し
(まだテレホンカードもなかった時代のため)、
そのためポケットにしょっちゅう穴が空いていたという。
フロリダから、日本人の女の子に電話したとか。

板東英二の著書では、広島で1年間ヘッドコーチをした
ドン・ブレイザーの娘に電話攻勢をかけたりとか、
とにかく女性の噂には事欠かない。
これは、本人から後で否定された話だが、
女性への電話代だけで200万以上使ったとか・・
その一方で、「練習の虫」と名づけられるほどの努力家でもあったようで、
足を故障したときも、
バッターボックスに椅子を置き、それに座ってフリーバッティングをしていた、
付き合っている女性のマンションにバットを
持ち込んで夜中に素振りを繰り返していたなどの噂も多い。

結局、高橋慶彦はJALの客室乗務員だった女性と結婚したみたいです。
しかし、その前に付き合っていた女性はANAの客室乗務員らしいです。
その彼女は「ANAで練習してJALに乗り換えるなんて・・」
と言っていたとか、言わなかったとか。

そして結婚直後、女性との密会現場を『フライデー』された。
その時の相手の女性が後に
「高崎慶子」の芸名でヌードモデルやピンク映画女優となってデビューしたとか。

*現在は、2013年1月から3月まで東京スポーツ紙で
「赤ヘル機動力野球の申し子 高橋慶彦 赤い疾風伝説」を連載。
*同じく2013年には映画「ダイヤモンド」に主演。
そしてトークショーなどもされているようです。
現在も客室乗務員の方との結婚生活は続いているようで、
お子さんもいらっしゃるみたいですが確実な情報ではありません。

でも、世の男性からは羨ましがられるような“豪快な人生”ですね!

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