*志を失わなければ、人は輝き続ける事ができる 総合テレビ 毎週木曜日 午後8時~(連続11回)*
*戦国一のかぶき者・前田慶次の晩年を描いた痛快時代劇!
★木曜時代劇『かぶき者 慶次』2015年4月9日(木)~6月18日★

【あらすじ】
時は、徳川家康が関ヶ原の合戦で勝利した頃の事。
上杉家は会津120万石から、なんと出羽米沢30万石にまで大減封されることになった。
組外衆の多くは上杉家の将来に見切りをつけ、米沢を去って行く。

そんな中、前田慶次は出羽米沢にとどまり続けて、困難に立ち向かう人々と共に生きる道を選ぶ。
60歳を超える慶次は米沢の地の粗末な庵に細々と暮らし、「潮時」というものを考えていた。

【前田慶次とは?】
米沢市万世町堂森にある堂森善光寺の裏山を半周すると、近くに杉林が見えてきます。
この杉林の中に入ると、こんこんと湧き出る泉が現れます。これが「慶次清水」です。
前田慶次はこの清水の近くの庵で慶長17年6月4日、70歳で生涯を閉じたといわれています。

前田慶次は天文10年頃、旧海東郡荒子(現在の名古屋市)に生まれました。
父は織田信長の部将滝川一益の甥益重と伝えられています。
後に、母が前田利家の兄利久の嫁ぎ養子となり、前田慶次郎利益(利太)となりました。

義父である利久は、尾張荒子城主前田利春の長男で、利春の没後に荒子城主となりました。
慶次は利久の姪と結婚し、荒子城主となるはずでしたが、織田信長が家督相続を許さず、
利久の弟である利家に譲るよう命じました。

利久が家督を利家に譲った後、諸説はさまざまで、慶次は京都で暮らしたと言われています。
慶次は、京都で公家や文人と交流し、茶道は千利休七哲の一人である伊勢松坂城主古田織部に皆伝を受けたと
伝えられています。
また、武術についても弓馬はもちろん、武芸十八般にも通じていたといわれています。

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織田信長の死後、豊臣政権時代に前田利家は能登の旧領に加え、加賀二郡を加増されます。
このとき利久と慶次は利家を頼ることとなり、利久は七千石を与えられ、五千石を慶次に与えました。

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かぶき者慶次の出演者は?1話あらすじとネタバレ

慶次は利家から阿尾城代に任命され、天正18年(1590年)には豊臣秀吉の小田原征伐のおりには、
慶次もこれに従いましたが、天正15年に父を亡くし、利家に対する反発も生まれ、利家の元を離れます。

その後、慶次は京都で直江兼続に出会い、上杉家に仕官したようです。上杉家では米沢城主兼続の与力となって
1千石を与えられました。

関ヶ原では、慶次は三間柄(5.4m)の大槍を持って、群がりくる最上勢の中に縦横無尽に分け入って戦っては退き、
戦っては退くという見事な戦いぶりで、味方の将兵を誰一人傷つけなかったといわれています。

関が原の合戦敗戦後、上杉家は会津百二十万石から米沢三十万石に減移封。
慶次は米沢に残り、堂森山近くの清水のほとりに庵(無苦庵)をかまえ、風化吟月を友とし、
近隣住民と交流を深め、悠々自適の生涯を送ったといわれています。

【出演者】
前田慶次…藤竜也
前田新九郎…中村蒼
前田佐乃…西内まりや
安田勝之進…工藤阿須加

前田美津…江波杏子
前田華…青山倫子
雫…壇蜜
雪夜…木優子

竹…田畑智子
和泉局…前田美波里
北川次右衛門…角田信朗
天徳和尚…伊武雅刀
又吉…火野正平

【スタッフ】
脚本…小松江里子
原案…火坂雅志
音楽…渡辺俊幸

※前田慶次の晩年がどの様に描かれるか、楽しみですね!

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